ーー フォームの変化と音の成長 ーー
ある生徒さんの成長を記録に残しておきたくなりましたので、紹介いたします。
直近で聴いたあるステージでの演奏。
まっすぐな意志のある音。でもどこか、音符に追われているような印象でした。
一音一音に追われ、呼吸する暇もなく音楽を渡されていくような——
「もっと身体を楽にして呼吸があったら、もっと自由に響くのに」と感じたのを、今でもよく覚えています。
そして、その後に彼女が当教室に初めて来た日のこと。
私はその時、正直な辛口の講評を書き、手渡しました。
彼女の可能性を強く感じ、もっと自由に響く音を伸ばしていきたいと、本気で向き合いたかったのです。
彼女はその日から、黙々と“音の土台”と向き合い始めました。
身体が音を止めてしまうクセを少しずつほどき、
地味で根気のいるフォーム改善にも、真摯に取り組んでくれました。
妥協なしの一音一音を大切にする指導でした。
しかしレッスン後には、変顔でニコッと笑うお茶目な一面も。
真剣なレッスン後のそんな可愛らしさも、音楽に必要な魅力だと思います。
音というのは、本当に不思議です。
“上手に弾く”前に、“どんな身体でその音を鳴らしているか”で、響きはまるで変わってきます。
音の豊かさは、技術や感情の前に、身体が音とどう共鳴するかも大事です。
通常レッスンに加え、補講や県劇でのレッスン、学校や部活、塾と休む暇もなく本番が近づいてきます。
ある日、県劇でのレッスン中に、彼女の音がふっと変わった瞬間がありました。
芯があって柔らかく、空間にすっと広がる和音。
重厚で暖かな優しさを併せ持つ音が美しく響いていました✨
ただ上手いだけでなく、“伝わる”音がそこにありました。
予選当日が完璧だったわけではありません。
でも、どんな瞬間も「自分の音で届けたい」という気持ちが、すべての音に宿っていました。
審査員の先生方からも、音の美しさやクリアなタッチ、音色を称賛いただいたことを嬉しく思います。
明らかに、“彼女の音”が生まれていたのだと感じました。
この日弾いていたのは、1ヶ月前とは別のベートーヴェンのソナタ。
でも、変化は明らかでした。まるで別人のような音。
同じ子が、こんな音を鳴らすようになったことに、胸が熱くなりました。
“自分の音”で語るベートーヴェンに。
この変化は彼女自身の努力の賜物ですが、それだけではありません。
毎日の練習を見守り、送り迎えや時間調整、気持ちのフォロー……
ご家族の大きな支えが、何よりも支えになっていました。
ピアノは、孤独な楽器です。
でも、“孤独な努力”を、“孤立させない”周囲の温かさが、音を支えてくれるのだと思います。
環境が変わり、緊張や戸惑いもあったはず。
それでもここまで音で語れるようになったのは、彼女自身の真摯な努力と、ご家族の温かな支えがあってこそです。
もちろん課題はまだまだあります。
でも、今の彼女にはそれすらも希望に見えてくる。
「伸びしろしかない」この今が、本当にまぶしい。
そして来たる本選では、さらにどんな音が生まれるのか——
その瞬間に立ち会えることが、私は心から楽しみです。
🌿
当教室では、まだ形にならない“音の芽”を、時間をかけて丁寧に育てていきます。
音符の向こうにある感情や、自分の音で語るよろこびに出会えたとき――
その瞬間のまぶしさこそが、音楽の原点だと考えています。
一音一音のその先に、生徒の人生がある。
そう信じて、今日もレッスン室で向き合っています。